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令和7年度のご挨拶 代表理事 小島 明

        2025年(令和7年)年度のご挨拶 代表理事 小島 明

(一財)アジア・ユーラシア総合研究所



  現在、世界と日本は、文字通り、歴史的な転換期にあります。第二次大戦終結(日本の敗戦)から100年、多国間主義、自由貿易、民主主義といったいわゆる戦後秩序・価値観が揺らぎ、様々な分野における格差と分断のなかで世界は混迷状態に陥っています。将来は過去の延長線上にはありません。現在の混迷した世界の状況をどう理解し、世界の今後と日本の課題をいかにとらえ、行動するかという根本的な問題が問われています。そうした中で肝要なのは、しっかりした座標軸を持つことでしょう。座標軸は一つではありません。歴史の座標軸、自国および世界の視点からの座標軸、内外比較の座標軸等、多面的な思索が必要でしょう。


 そうした中で当アジア・ユーラシア総合研究所は、これまでにも増して重要な使命をもっていると確信します。皆さんとともに、使命を確認しつつ、研究し、発信し、日本の”覚醒“を、新たな発展を促したいと思います。毎年、年初に様々な研究所、団体が「世界のリスク」を発表しています。米国のユーラシア・グループは、深まるGゼロ世界の混迷、ドランプ支配とその経済政策、米中対決、ならず者国家のままのロシアなどをあげています。ダボス会議を主催するスイスのWEFは目先1,2年のグルーバルなリスクとして、誤情報・偽情報、過酷化する気象変動、国家間の武力戦争、社会的分断、人道主義の後退などを、10年先も見据えたリスクとして、極端な気候変動、生物多様性の崩壊とエコシステムの崩壊、地球システムの危機的なシフト、天然資源の不足、誤情報・偽情報、AI技術の悪影響、不平等、社会的分断などを列挙しています。日本国内ではPHP総研が世界同時カオスを引き起こす「アメリカファースト2.0、各国のトランプシフトで混迷するグローバル経済、米国の「脱・脱炭素」で起きるエネルギーのパラダイム転換、常態化する国家間「戦争」と攻撃手法高度化で高まるサイバー脅威、トランプ再登場が駆り立てる中国の高圧的な対外行動、「世界の多数化」戦略を加速させるロシア、拡大する力の空白地帯と見捨てられる失敗国家、などをあげています。

 

 各国の当面の最大関心事は2025年1月に就任した米国のトランプ大統領による極端な高関税政策でしょう。「関税。辞書の中で最も美しい言葉だ」と言い切り「タリフマン」を自称するトランプ政策に世界が振り回されています。第二次大戦後、為替の安定とIMFや世界銀行、自由貿易を推進するGATTを含むいわゆるブレトンウッズ体制を主導した米国自身が、同体制を突き崩す政策を展開しだしています。多国間主義は軽視され、GATTの後身で一層の自由貿易を追求してきた1995年発足のWTOは、30年目のいま、米国が原因でほとんど機能停止に陥っています。

 トランプ外交の示す現実は実利主義であり、超大国同士で大きな取引(グランドバーゲン)を目指すやり方です。英誌「エコノミスト」のビル・エモット元編集長は「トランプの“ゆすりの地政学”に備えよ」と指摘、「希望的観測は良い戦略ではない」と論じています。


慶応大学の森聡教授は


①米国自身の平和と繁栄は他国から切り離して存在しうるとの伝統的、保守的な一国主義に根差しており、重要物資を他国に依存すべきではないので製造業を国内回帰・誘致し、対米貿易黒字を有する国には同盟国か否かと関係なく、追加関税を課すべきだ


②米国自身も力の限界があるので限られた力を最大の脅威である中国に向けるべきだ


③相手国の政治体制を問わない脱価値的な外交アプローチで「取引」し「利益」を実現しようとする


④米国による同盟国への防衛義務は米国に利益をもたらし相応の見返りをしてくれる国が対象となる(同盟国の相対化)。トランプ2.0の政策をみながらデヴィッド・A・ボールドウィンEconomicStatecraftという著作をお薦めしたい。エコノミック・ステイトクラフトとは国際戦略として経済的手段を活用する考え方をさします。関税、貿易制限、技術規制、経済制裁といった手段を戦略的に使うというものです。この著作は1985年に初版がでましたが、当時は石油危機後の世界経済、とりわけ自由市場経済を守る発想で日本も加わって5か国首脳会議(エコノミック・サミット)が生まれた年で、同書はあまり注目されなかった。それが最近、関心を呼ぶようになり、2020年に新版が出た。邦訳は『エコノミック・ステイトクラフト:国家戦略と経済的手段』(2023年刊)で500ページの大著です。 

 

 トランプ2.0外交で欧米関係にも亀裂が生じ、米国の隣国カナダとも対立している。米国は自由主義、人道主義、民主主義といった第二次大戦後、米国自身が唱道してきた価値観に基づく発想から後退し、実利を求める取引の政策に傾斜しています。取引においては切り札(カード)が肝心であり、日本は有効なカードを持っているかが問われます。しかし、国内の政治状況はさみしい限りです。政治家は目先の利益追求、選挙目当てのバラマキ合戦をするばかりで、中長期の国家戦略をめぐる議論は政界からほとんど聞こえてきません。ローバート・フェルドマン氏は以前から指摘していた「CRICサイクル」から日本は依然抜け出してはいません。CRICサイクルとは危機(Crisis)が生じると当座しのぎの対応(Response)をし、その結果状況が多少改(Improve)すると安心(Complacency)してしまい、必要な根本的な対応、改革が棚上げ、先送りされて次なる危機を迎える、との見立てです。日本の問題についてはリチャード・クー氏の『「追われる国」の経済学:ポスト・グローバリズムの処方箋』(2019年、東洋経済新報社刊)が、これまた600ページを超す大著ですが、一読に値します。日本の課題には、トランプ2・0への対応や国際情勢一般だけではなく、日本自体が前々から抱えてきているものがたくさんあります。リスクに挑戦する企業家精神の衰退、経済・産業の新陳代謝の遅れ、かつては有効だったいまや成長・発展の阻害要因ともなっている諸制度、諸規制の改革、これらの結果としての経済の基礎体力の劣化、グローバルな競争力の低下といった重大問題があります。

 またどの国より深刻な少子化問題があります。日本人口、とりわけ生産年齢人口は急速な減少を見せています。将来に生産人口を決める出生率の低下が止まらず、年々の出生数が70万人をより減りそうです。団塊の世代の出生数の三分の一以下です。人口学者のエマニュエル・トッド氏は「日本は集団自殺のコースに向かっている」と指摘し、人口問題を直視すべきだと強調しています。 

 

 当アジア・ユーラシア総合研究所は、様々な重要課題を直視し、研究・議論の成果を社会に発表し、目先主義、内向き志向に走りがちな今の社会を”覚醒“させる使命と役割を有しています。それと関連して当総研が3月に刊行した啓蒙書的な読書指南の著作『今、あなたに勧める「この一冊」』が少しでも多くの人々、とりわけ若い世代の目に触れることを期待します。この書は小倉和夫さんはじめ30余人がそれぞれの読書体験、人生体験を織り込みながら、「この一冊」を紹介しています。

 反知性主義が横行し、読書離れが進む昨今ですが、読書の楽しみを再発見し、日本により豊かな文化が生まれることを期待しています。その“文化力”が複雑化し混迷のする世界における日本の心強いカードになるのではないかと思います。

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